Reiって誰?

はじめまして!Reiです。ニューヨーク州立大学というアメリカの4年制大学に在籍して、マーケティングとプログラミングを勉強しています。現在は大学2年生(sophomore)。フルタイムの学生として勉学に励むと同時に、フリーランスの英文ライター、IT企業で業務委託という形でのwebマーケター、埼玉親善大使としての活動、英語学習・留学のメディアReigoの運営など幅広い活動をしています。今後も様々なことにチャレンジしたいと考えています。

 

1997年生まれ。埼玉県出身。高校3年生の頃に英語に出会い人生が変わる。英検3級不合格というスタートを切ったが、周りの大学生や友人がサークルやら飲み会で騒いでる間に英検1級を合格し英語の可能性を身をもって体感することができました。

 

ちなみにRei(松田  澪)というのは本名で、特に名前に意味はないのですが、外国人が覚えやすいようにと親がシンプルな名前を付けてくれました。今考えると、ありがたいですが親の思うつぼです(笑)

私の英語力

私はコミカレや語学学校を通さずに、直接学部入学しました。なので世間から見て、英語ができるねと言われる程度の英語力はあります。試験の結果では決して真の英語力は測れませんが、参考までに今までの試験の結果やスコアをここに記載します。

英検1級(2018年1月取得)
IELTS 7.0  (Academic2018年1月取得)
TOEIC 920点 (IPテスト208年1月取得)
TOEIC 855点 (公開テスト2018年5月取得)
国連英検B級合格 (2017年10月取得)
観光英検3級合格

今後はIELTSの更なるスコアアップ、TOEFLの受験を念頭に英語学習をする予定です。TOEICは一時帰国中か留学終了後に必ず満点を取ります。

私の学歴

高校は地元にある偏差値50くらいのごく普通の公立高校に通っていました。場所が近いという理由と、サッカー部に自分の代から力を入れるという情報を手に入れたので入学を決めました。私の出身の埼玉県は、国、数、英、理、社の5教科が高校入試の科目でその合計点が合否に関わっていました。私の高校は一応320/500点くらいが合格基準でしたが、私は220点くらいで基準よりも100点程下でした(笑)幸いにも中学校のサッカー部で県大会に出ていたり、書道や硬筆は毎回選ばれていたので内申がそこそこ良く、おそらくそのおかげで合格することができました。ちなみに英語で取った点数は30点でした。5科目の中で最低点で英語が1番苦手で1番嫌いでした。高校に入ってからも370人くらい生徒がいましたがだいたい定期テストの学年順位はずっと360番台でした、、。

 

高校卒業後は都内にある専門学校に進学しました。そこでは海外留学科というコースに在籍してアメリカの大学の1年分の単位を取得しました。留学科の授業は全て英語で行われ、歴史、数学、哲学、生物など一般教養の勉強をしていました。通常は1年間のコースですが、私の場合は英語が壊滅的に出来なかったので留学科に行く前に留学準備コースに所属しひたすら英語力を磨きました。入学時のTOEICのスコアは315点でしたがそれでも喜んでいるレベルでした(笑)

 

そして現在は専門学校の提携校であるニューヨーク州立大学プラッツバーグ校に返済不要の奨学金をもらいながら在籍しています。また、埼玉県からも給付型の奨学金をもらっています。1年分の単位を日本で取得したので2年生からスタートし、ここから約3年間をかけて卒業します。4年生になる前にニューヨーク州立大学ストーニーブルック校かUC系列の大学へ、さらに編入をする予定です(金銭的に可能であれば)。

 

かなりざっくりとした経歴ですが、こうやって見ると中学や高校の頃からは想像もできないことをしているなと改めて思います。正直、自分でもここまで軌道を修正できたのは奇跡だと思っています。まだまだではありますが、英語で可能性を広げ、人生をより豊かにできるということを身をもって証明したいと思っています。

高3で英検3級不合格 |英語は元々大嫌い

先ほど簡単に述べましたが、元々英語が大嫌い&大の苦手で、高校3年生の6月に受けた英検3級は見事不合格でした(一緒に受けたのは中学生でほぼ全員受かってました)。偏差値50程度の高校だったので勉強にはそこまで強くない学校でしたが、私の英語力はそれにしても基準値を大きく下回っていました。よく定期考査を乗り越えてきたなと不思議に思います。英検はふざけて受けた訳ではなく、本気で合格しようと思い受けました。

英語塾で出会った恩師が私の人生を変えた

そんな私でも最低限大学だけは行こうと思い高校3年生の6月に英語塾に通い始めました。所属していたサッカー部の引退が10月とほぼ確定していたのですが、英語だけは早くから対策をして引退後に国語や日本史をちょろっとやって適当な大学に行こうと思っていました。しかし、そこで出会ったのが私の人生を大きく変えた恩師でした。体験授業に行く前に電話をしたのですが、覇気のある声で「本気で頑張れるか?」と言われたのを今でもはっきりと覚えています。体験授業ではなぜ英語を学びたいのかと塾の方針などを説明されました。力のこもった声で説明され、ここで学べば英語力だけでなく、人間的にも成長できると感覚的にですが確信し、即入塾を決めました。

入塾するとすぐに英検を受けろと言われ、それが不合格に終わった英検3級でした。苦手だとは聞いていたけどさすがに3級は合格するだろうと、とんでもないヤツを入れてしまったと本気で思わせたかもしれません。

 

英語の勉強をする前に英語の勉強方法から勉強した

これをやっていなかったら今でも英検1級なんて持っていなかったと思います。塾では英語の勉強を開始する前に、英語の勉強方法を教わりました。そして毎授業時、その時点での私にとって最良の方法を一緒に確認していました。このおかげで自分のすべき事が明確になりブレずに、決して短い道のりではないですがその中でも最短距離で英語力を伸ばすことができたと思っています。具体的な方法はこれから複数回にわたって記事にしていきます。最初の頃はたくさんやるべき事があり、焦ってしまたっり、ゴールが遠く見えますが、必ず自分に合った勉強方法を継続すればやらなければならない事が次第に減り、どんどん心に余裕ができます。私より英語学習歴が長いのに英検1級に合格できていなかったり、なかなかスコアが伸びない人は必ず勉強方法や使っている教材を見直すべきだと思います。

 

Be動詞もわからず最初に使った教材は中学生用

英検3級不合格後すぐに買わされたのは「新中学問題集」という中学生が高校受験の対策をするのに有名な英文法書でした。しかし、最初にあった5文型の練習問題が全くわからず、すぐにBe動詞をそもそも理解していないと指摘されました。冗談抜きで18歳(高校3年生)にもなってもBe動詞を理解しておらず、当然ですが使いこなせてもいませんでした。しかし、英文法と音読の重要性を強く唱える先生だったので、バカな私にもわかるぐらい丁寧に指導していただき、音読もたくさんした結果、理解すると同時に体でリズムを覚えることができ、当時初めてBe動詞をしっかりと理解することができました。

 

今までやっていなかっただけだった

Be動詞を理解しただけですが、その後の学習が本当に楽しくなりました。同時に基礎の重要性について身をもって気付くことができました。そこからは、塾からの課題だけでなく自ら進んで勉強するようになり、スタディサプリを使ったり、喋りたいという思いも強くなり、なんとかなるだろうと早い段階からオンライン英会話も開始しました。今では合計で250時間以上オンライン英会話を通して英語を喋っています。そしてその甲斐あってか、いつも40点台で、良くてもせいぜい50点だった英語の試験でしたが、70点を超えるようになってきました。

英語で世界に挑戦したいという気持ちが芽生えた

漠然とではありますが小さい頃からどこか海外へ行きたいと思っていました。しかし、英語を学ぶようになり、更に海外に興味が湧いてきました。そこで日本の大学を目指していた私ですが、少しずつ海外の大学で学ぶことに憧れをもつようになりました。また、当時私が選択できた大学に通っている先輩を見ても魅力的に見えず、いくら自分の意思があったとしてもそこでの成長には限界があり、4年間を無駄にするだろうと思い始めました。

海外の大学へ進学するために受験を辞めた

1,2週間も経たない内に英語の可能性に魅了された私は、ただ学ぶだけでなく英語を使って何かしたいと思うようになりました。そして当時私の選択肢にあった日本の大学(いわゆるFラン大学)へ行くメリットも当時見つけることが出来なかった私は、思い切って新しいことに挑戦しようと思い、海外留学を決意しました。決断力と行動力だけはあったのですぐに受験を辞めて海外の大学に編入できる専門学校に進学することにしました。

 

専門学校から海外の大学に編入を決意

日本の大学に行くのを辞めた私はすぐに留学について調べ、自分にとってどのルートが最適なのか調べました。そこで見つけたのが先ほど説明した都内にある専門学校でした。そこから海外の提携校に2年次編入が可能で、合計3年間で卒業できるので比較的費用が安くすみ、一般教養などの必要な知識や英語力を付けてから留学できるので入学を決めました。専門学校だったので7月には合格をもらい、学年で進路を決定した第1号であり、入塾してから約1ヶ月後のことでした。この時すでに自分の中で英語のためならどんな犠牲を払ってでも継続できると根拠もない自信に溢れていました。

 

周りを無視して、時間やお金を目標のために全て注いだ

専門学校への入学を決め、留学を決意したその日から、友達との遊び、テレビ、マンガ、ゲーム(モンストなど)など全て辞めました。音楽も大好きだったUVERworldというアーティストの曲を聴くのも控え、全てリスニング教材に変更しました。今まで部活後でも元気に遊んでいたくらい友達とふざけるのが大好きで、いわゆるフッ軽だった私ですが、その日を境に、遊びの誘いを全て断り、全て英語の勉強に時間を注ぎました。夏休みや成人式など専門学校に入学してから1年で、2,3回程度しか友達と会いませんでした。地元だけでなく他の地域でも友達の多かった私ですが本当に大切な友達以外とは会うのを辞めたので、最終的に全く遊びは誘われなくなりました。しかし、誘っても来ないというキャラ作りを徹底したおかげで、自分の時間が増え、夢のために全力を注ぐことができる最高の環境を手に入れました。自分のやりたいことをやっていたので、周りが飲み会やサークルで大学生活を楽しんでいるのを見ても全く羨ましく思わず、むしろどんどん差を付けてやろうとモチベーションをあげる良い材料とみなしていました。今は眼中にないですが(笑)

 

この生活をずっと続けていたので専門学校でも成績やスコアを1番伸ばすことができました。初めて受けたTOEICは315点でしたがその8ヶ月後には755点を取り、短期間で440点も上げることができました。また、入学当初は英検準2級でしたが、卒業するまでに英検1級とIELTSで6.5を取得できるまでになりました。2年間、無遅刻無欠席をキープしたので出席率も100%に保つことができ、卒業式では、学業面での成績と生活面の功績の両方を称えていただき、1000人以上いる生徒の中から代表として登壇することができました。

 

認めてくれる人が増えて可能性が広がった

さまざまなことを犠牲にし、失ったものもたくさんありますが、その結果得られるものはかけがえのないものでした。どん底の英語力をアメリカの4年制大学に直接編入できるレベルまで短期間で持っていき、GPAも高く保つことができた私はニューヨーク州立大学大学から返済不要の奨学金付きでオファーを頂くことができました。更に、今までで最高額の年間150万円で3年間で450万年を受け取ることができました。実は、私は母子家庭出身で金銭的に厳しかったので、留学したいといくら叫んだとしても、せいぜいコミカレで1年間の留学というのが当初の状況でした。しかし大学からの奨学金の他に県からも給付型の奨学金を受け取ることができたので、4年制大学に編入する正規留学が可能になりました。

 

また、英語ができるようになったことで学歴に捉われずに社会で戦えることが可能になりました。私は留学までの間日本で、スキルアップのためにIT企業(現在業務委託としている契約している企業)でインターンシップをしていましたが、そこにいた学生(同じインターン生)は賢い人が多く、出身大学も東大、慶應、早稲田といったかなり高学歴な人が集まっていました。当時私は専門卒という肩書きでしたが、そんな中でも今までの努力や英語力を評価していただき採用してもらい、さまざまな仕事を任せてもらうことができました。私の性格や人間性も少なからず関係はしていると思いますが、その時に英語は学歴社会に対抗できる1つの有効なスキルだと改めて実感することができました。他にも英文ライターとして仕事ができたり、世界中から優秀な人が集まって英語で学ぶプログラムに参加できるようにもなりました(Sillicon Valley Dojo)。

 

英語の可能性を伝えたい

一発目の記事にも関わらず、今までの経歴や経験をたくさん書いてしまいましたが、今回私が1番伝えたいことは、英語を通して人生を変え、たくさんのことを学ぶことができ、自分自身の可能性を広げることができたということです。元々英語ができなかった私の目線から英語学習について情報発信し、家庭の事情等で経済的に裕福ではないけど留学という切符をつかむことができた私にしか伝えられないことがあると思い、今回このReigo(Rei + eigo = Reigo)を立ち上げました。

 

Reigoでは「英語で可能性を広げる」をテーマに英語学習や留学だけでなく、英語を軸に私が体験したこと、これから体験・挑戦することについて少しずつ書いていこうと思っています。私はこのサイトを通して皆さんと英語学習を楽しみ、私の経験が英語学習を楽しみながら学ぶ・再開する・継続するきっかけになればと思っています。一緒に英語を学び、世界に挑戦しましょう!

 

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